永遠の皇帝 カエサル❷ 「革命」

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政治家としての目覚め

カエサルは政治的な策略家としても天才でした。資本主義社会のローマでのし上がるために重要なのは、何よりも政治力でしたが、カエサルはローマ随一の大富豪クラッススからお金を借りるだけでなく、他から借金をする時の保証人になってもらい、大量の資金を多くの人からかき集めて公共事業を行い、支援者と部下を集めつつ、市民からの支持を広げていきました。さらに多くの支持を集めるには軍事的実績と経済力の両方が必要でしたが、これのそれぞれのトップである、ポンペイウス(軍事力トップ)とクラッスス(財力トップ)と3人で手を組んで、秘密裏で非公式3頭政治(裏談合)を提案し、3人の利害が一致して受け入れられました。カエサル、ポンペイウス、クラッススの3人が裏で手を組んだことで、元老院に目をつけられていたにも関わらず、うまく選挙を切り抜け40歳で執政官(総理大臣的)という最大権力を得ることに成功したのです。

カエサルが生きていた時代のローマは共和制と言われている元老院を頂点にした政治体制で独裁や君主制は徹底的に排除するスタンスでした。その中で絶対君主になるという野心は決して持ってはいけない事でありその内心がバレたら生命を狙われかねません。しかも、カエサルの談合相手は、カエサルよりも権力のあった人たちであり、彼らを出し抜いて自らがトップになるのはほぼ不可能に近い状況でした。カエサルが執政官だった40代ですでに、独裁官になることは夢のまた夢という状況でした。

それでも、執政官という立場を手に入れたカエサルは、いきなりガラス張りの政治を目指し、元老院会議での発言はすべて、逐一掲示板に張り出され、国民に公表されました。この法案を先に成立させたことによって、カエサルが狙っていた元老院の既得権益を減らせる数々の法案、過多な贈収賄の禁止などを中心とした100項目にものぼる数々の国家公務員法を成立させました。さらには、既得権益者でガチガチで、それに触れるだけですぐ流血ざたになってきたタブーとされていた「農地法」を無血で成立させたのです。この手腕は見事なものでした。経済界の重鎮クラッススを掴むことで、まるごと富裕層の賛成を得たことで元老院にプレッシャーを与えつつも、もう一人裏で談合していたポンペイウスの元兵士たちに土地の配分を「農地法」の条文に加えたことによって、屈強で人気のある帰還兵たちの圧倒的な支持と圧力により、元老院派がぐうの根もでない状況を作り出したのです。カエサルは、この「農地法」だけでなく同じ方法でこれまで元老院が既得権益で守ってきた悪事に対して、対抗できない様にする方法を考え出し、ポンペイウスやクラッススを満足させつつ、ローマ全体をよくするという理想を、天才的な策略をつかってどんどん実現していきました。

エジプト プトレマイオス朝からの献金

当時、エジプトは独立国家でしたが、当然ローマにとってかなり重要な同盟国でもありました。エジプトは、エジプトでローマの強大な軍事力に勝てないことを早くに理解しており、ローマに献金することで、同盟国としての立場を確立させ、軍事的な庇護を受けることで、東側からの侵略を牽制させていた時代でした。しかし、国民は血税をどんどんローマに流しているということが許せず、プトレマイオス10世のあたりから、反発や反乱が相次いでいました。10世や11世が殺害されるという事件が起きると危険を感じたプトレマイオス12世は日本円にして1兆円近い献金を抱えて、ローマに亡命しました。カエサルが丁度、この頃に執政官になっていた上で多くの法案を成立させたことで目立っていたので、その献金の大半を自ら受け取ったのです。過多な贈収賄は禁止する法案を成立させたのですが、海外からの献金を国内のために使うことは許されたのです。そして、このお金でカエサルは借金を全額返済する、一発逆転が可能になり、さらに海外遠征などの軍資金を得る事ができたのです。

女の扱いや使い方も天才

カエサルは、ポンペイウスの遠征中に、彼の妻を寝取りますが、女なんかよりどりみどりのポンペウスにとって、むしろ、不倫を理由に離婚できて気が楽になったと、カエサルに感謝していたかもしれません。しかも、カエサルはその直後に自分の超絶美女の娘「ユリア」を元々あった婚約を破談にし、ポンペイウスに嫁がせたのです。歳の差28歳ですから、さぞ嬉しかったでしょう。これにポンペイウスは、骨抜きにされ、ユリアにべったりとなり、政治に興味がなくなったとすら噂されるほどでした。カエサルは、女の扱いも、その使い方も天才だと言われていました。元老院の1/3の嫁と寝ていたと噂されていたカエサル。当時、ローマでの嫁はギリシャとは違い、家での権力はかなりあったと言われていて、情報もかなり持っていたと考えられます。カエサルはその嫁達からも様々な情報を秘密裏に得て、ベストな戦略を夜な夜な研究模索し、クリエイトしていたのだと思います。カエサルはコルネリアに先立たれ、ポンペイアと再婚しますが、62年に離婚し、最後はカルプルニウス・ピソの娘カルプルニアと政略結婚をし、彼女を死ぬまで正妻としました。もちろん、その後も不倫はしまくりますが、カルプルニウス・ピソは、民衆派のトップである護民官との繋がりが強く、ポンペイウス、クラッススと同等の重要な役割と考えていました。実際に、このあとカエサルの人生において、そして、死後の遺言実行などにおいてもピソの役割は大変重要なものでした。

文章の天才

当時のローマでは、凱旋武将は絶大な人気を誇りました。今で言うとロックスターや日本代表のサッカー選手みたいなイメージです。実戦の武力行使をしていたローマにとって、戦争での勝利はサッカーなどのスポーツよりもはるかに凄い興奮を市民に与えたのです。実際に戦争に勝つとその戦果によって莫大な富がローマにもたらされ、凱旋武将は盛大な凱旋式を行い、記念コインなどを造幣し、市民に振る舞いました。戦争に勝ったというだけで大興奮なのに、さらに人々はその記念に給付金まで受け取れるのだから、凱旋武将は文字通り神だったのです。ですからカエサルがポンペイウスやクラッススを出し抜いて、さらなる人気と独裁的な権力を得るためには、どうしてもポンペイウスに匹敵する軍事的成果をあげる必要がありました。カエサルのガリア遠征は、まさに、権力欲のための戦争でした。そこが、アレキサンダー大王とは全く違います。アレキサンダー的な正義のためだけとは言い切れない、私利私欲、権力欲というのが大きかったのです。カエサルは遠征前から自分の戦いが如何に苦戦を強いられた中で戦況を覆し、圧倒的な勝利を手にしたか事細かに記録し、世界的な名著、カエサル著『ガリア戦記』を執筆しました。ラテン語の教材としては定番であり、現在でも世界中で翻訳され重版が繰り返されています。明確な作家の名前が記されたエンタメ重視のノンフィクション小説としては、世界最古であり最も有名な著書です。日本でも5人もの人によって訳されていて、文庫になっており安価で現在でも簡単に手に入ります。2000年以上前に書かれた古代人による小説が、現代人をも魅了し続けるとは驚くべき事実です。そして、過去2000年間において、あらゆる歴史家、小説家に対して、常に満場一致で、「人類の最高傑作」「文学として完璧」「文句のつけようのない究極の一冊」として絶賛され続けています。文体が純粋で簡潔で明瞭なのに、一気に読み進めてしまい、気づいたらカエサルが心の中に灯ってしまい、読む人全てを一瞬でカエサルのファンへと引き込んでいくのです。アレキサンダーとカエサルの大きな違いは、この天才的な文章力と言えるかもしれません。カエサルは、この文章力により単なる政治家や武将としてだけでなく、エンターテイナーとしての人気も同時に集めたのです。今で言うなら、トランプ大統領が実は昔マラドーナと同じぐらいW杯の決勝で五人抜きして、サッカーの神様と呼ばれる存在で、さらにマイケル・ジャクソンばりのコンサートを行いファンを気絶させ、スピルバーグばりの映画監督として大成もし、レオナルド・デカプリオ以上に女たらしでも、誰にも文句を言われない人気者だったと想像したら、恐ろしい存在ですよね。でも、カエサルでのローマでの人気のマルチぶりはそれ以上だったかもしれません。元老院にとってかなり嫉妬の対象だったことは言うまでもなく、危険な存在として注目されるようになったのです。

戦術の天才

カエサルは小説家としてフィクションを作り出す天才だった訳ではありません。実際に自らの軍隊と命の全てをかけた真剣勝負の実戦において、不可能を可能にかえる圧倒的な戦術のクリエイターだったのです。戦記はクリエイションの塊ですが、何より興奮するのが、実戦投入されたという事実です。「現実は小説より奇なり」とはよく言ったものです。『ガリア戦記』については、たくさんの本が出ているので、あえてここでは、触れませんが、中でもクライマックスとなるアレシアの戦いで象徴されるように、カエサルは地理的条件を深く読み、圧倒的な技術力の活用によるスピーディーな建設や土木工事などの利用がすごいです。今のゼネコンでも絶対不可能と思えるような大規模な工事を驚くほどの短納期で終わらせます。例えば、ある日突、納期2週間で28km長の砦を作れと発注し、それを簡単にやり遂げ、そのたびに敵対する勢力はぶったまげたのでした。『ガリア戦記』を読んでいると、あまりにも簡潔で明瞭な文章で書かれているせいで、そのうち自分でもできそうな気がすると錯覚してしまい、妙に納得させられる愉快で斬新なアイデアに毎回「その手があったか!」と感心させられるのです。カエサルは、戦争中は禁欲的で兵士に優しく、驕り高ぶらない生活を送っていましたが、プライベートではかなりの快楽主義で欲望はなんでも満たそうとする豪華さもあり、そして、時に残酷で決して容赦しない断固とした厳しさも兼ね備えていました。その抑制のとれたバランス感覚によってカエサルは、アレキサンダーをも凌駕する圧倒的な軍事的な才能を持っていたと言われています。

ルビコン渡河

ガリア戦争終結のあと、膨大に膨れ上がった軍事力を抱えてローマに凱旋するはずのカエサルでしたが、ストア派の哲学を信奉していたキケロやカトーなどの元老院側旧体制維持派が、仲間だったはずのポンペイウスを仲間に引き込み、カエサルを牽制しました。カエサルは凱旋式を封印され、軍隊も解散され、追放に近い処分を受けることになったのです。元老院の嫉妬を受け、独裁的になることを恐れられたが故に、英雄としての凱旋を許してももらえなくなったのです。ガリア遠征中にクラッススは別の戦地で戦死し、ポンペイウスが寝返ったため、カエサルは政治的手段を使うことができなくなり、自らのやりたいことを継続するには、ローマの法律を破ってルビコン川を軍隊を解散しないまま渡るという暴挙にでるしか選択肢がなくなってしまったのです。革命を起こすことを決起したカエサルは、ここで有名な「賽は投げられた」の言葉を放ち、ルビコン川を越えてしまいます。まさか親友のカエサルが自分やローマ元老院の全てに歯向かって打って出るとは予想もしなかったポンペイウスは、ローマで迎え撃つための準備をしておらず、すぐに迎え撃ってもかなりの犠牲が出てしまうと考え、一旦ローマを出てギリシアへ逃げ、軍部を整えてから決戦に挑む作戦にでました。ポンペイウスがカエサルを迎え撃つ準備をしている間にカエサルは、急ぎイタリア全土とスペイン全土をあっという間にほぼ無血で平定します。そして、有名なポンペイウスとの「ファルサルスの戦い」を迎えます。この戦いは、同じローマ人でカエサルの手の内を全てしっている最強軍団との、兵力1/2、騎兵1/7、財力1/10、高位司令官の数1/10という圧倒的に不利な状況で開戦しましたが、予想外すぎる展開でカエサルが圧勝しちゃいます。こちらは、「内乱記」として、同じくカエサルの著書として記録されていますが、アレキサンダーにもハンニバルにも思いつかない、全く新しい戦術だということが読み取れます。このあと、敗走したポンペイウスはエジプトでプトレマイオス13世に暗殺されてしまいした。有名なクレオパトラはこの混乱の中でカエサルの寝室に入り込み愛人となってカエサルの庇護を受けます。その後、すぐに反乱を起こしたプトレマイオス13世と妹のアルシノエ4世はあっさりとカエサルに落とされます。プトレマイオス13世は戦死、アルシノエ4世は捉えられ、一緒にローマへ連れて行かれました。

クレオパトラ

クレオパトラという名前は、絶世の美女として語り継がれていますが、クレオパトラとは、直訳するとギリシャ語で「親の七光」という意味です。初代クレオパトラはアレキサンダー大王と血の繋がった妹として絶大な意味を持ちました。アレキサンダーと血が繋がっている「親の七光ちゃん」は、200年以上の時代を経て、クレオパトラ7世となり、親兄弟で王位継承を争い、肝心な「圧倒的な善」には無関心で、まったくもって無知でワガママなだけの王家に成り下がっていたのです。クレオパトラ7世の父、プトレマイオス12世も、エジプトのために戦うどころか遊んでばかりで、自国が財政破綻するまで国民の血税をローマに垂れ流し、大した外交努力もしなかったために、国民に反感を買われ謀反を恐れローマに亡命したという情けない父でした。クレオパトラ7世の姉ベレニケ4世は、父の亡命により19歳で王位を継承しましたが、その性格は父をより酷くしたようなもので、ファッションと宴会と宝石をこよなく愛し、権力欲と物欲に溺れていました。ベレニケからすれば母親であるクレオパトラ6世は父親であるプトレマイオス2世と結婚しているため、父親は同じという意味で、姉でもありました。その母で姉のクレオパトラ6世をベレニケは邪魔者として暗殺してしまい、さらにやりたい放題を通したのです。これに怒り憤慨した父親のプトレ12世は、ローマ軍を連れてエジプトを攻め、娘のベレニケ4世を処刑してしまいます。プトレ12世が復権しますが、その後すぐに自然死してしまい、その父の遺言によりクレオパトラ7世とプトレ13世が兄弟で結婚して後を継ぐことになりました。しかし、父の思いを継承した親ローマ派のクレオパトラ7世を国民派のプトレ13世が嫌がり、妹のアルシノエ4と一緒に裏切ります。クレオパトラ7世は、ファルサルスの戦いでポンペイウスが負けエジプトに亡命したタイミングでカエサルの寝床に潜り込みました。カエサルにとっては、見え透いた色仕掛けでしたが、30歳も下の、しかも憧れのアレキサンダーの末裔というステータスには興味はあったに違いありません。結果クレオパトラはカエサルにとって都合の良い愛人となりカエサルが死ぬまで彼の側に仕えました。クレオパトラ7世はカエサルとの間に王子を妊娠し、さらにプトレ13世との和解をカエサルにお願いしました。しかし、和解後すぐ裏切ったプトレ13世は、カエサルに追われ、すぐ敗れ戦死してしまいました。アルシノエ4世は捉えられローマの大凱旋式でのネタとして連れて帰られます。その後、クレオパトラ7世は、カエサル庇護の元、もう一つ下の弟プトレ14世と仮面再婚し、王女の座に返り咲きました。

豪快すぎるカエサル大凱旋式

カエサルは、ポンペイウスと決着を済ませ、ついでエジプトも平定したことで、ようやくローマに凱旋し、生まれて初めての凱旋式を挙行します。それは、それは、最高の瞬間だったと想像できます。ガリア戦役からカエサルと戦い抜いて世界を制服した屈強な兵士たちと一緒に、馬鹿騒ぎのどんちゃん騒ぎを始めたのです。兵士たちは「市民たちよ!女房を隠せ!!ハゲの女たらしのお通りだ!!」と大爆笑必死のシュプレヒコールで盛り上がり、少々怒ったふりをしたカエサルだが、その上で担がれてご満悦という姿は、なんとも微笑ましい限りで憎めません。かと思いきや、生捕りにしたアレシアの戦いで勝利したガリアの総大将であるウェルキンガトリクスやエジプトのアルシノエ4世らは、見るも無惨な姿で引き回され、処刑されたりと残酷さも伴いました。カエサルを讃える様々な「来て、見て、勝った」などプラカードが並び、綺麗に飾り立てられた莫大な戦利品を乗せた荷車と一緒に、全裸で逆さ吊りにされたアルシノエ4世も一緒に市内を周回たのです。一緒にカエサルの側で凱旋式に参加したであろうクレオパトラは、この妹の無惨な姿をみて、自分はこうはなりたくないと思ったに違いありません。

夜の宴は、尋常な規模ではありませんでした。屋外にテーブルが2万以上並び、招待客6万人以上という桁外れに盛大なパーティーでは、飲み放題、食い放題は当たり前、参加者全員に価値にして当時の平均年収以上の特別に鋳造された銀貨やおみやげが配られ、活躍した兵士たちには35年分近い年収が払われ、当時では例外中の例外だった兵士の遺族ににまでボーナスが支払われました。

大凱旋式は1日で終わったわけではありません。今で言えば万博ともいうべき規模で何日にもわたって国家事業として繰り広げられ続けました。ガリア遠征の勝利記念の日、エジプトでの勝利記念の日などわけで、演劇や船を使った海戦の再現など大スペクタクルのショーでは、ライオン400頭の狩や、真剣を使った剣闘士の殺し合いなども行われ、市民を熱狂の渦へと巻き込んだのです。

暦改編、金融改革、行政改革、奴隷解放、警察と清掃局の新設

カエサルは、ただ、市民を熱狂させただけではありません。圧倒的な立場になったのを利用して間髪入れずに様々な改革をしていきました。まずは、ユリウス暦です。現在世界中で使われている四年に一回閏年があり、2月29日になる、みなさんが今使っているカレンダーそのものを作ったのは、凱旋したあとのユリウス・カエサルでした。年間10分しか狂わないほど正確で、1600年後にその累積のズレが10日に達したので微調整されたものの、全世界の人が、今も使い続けています。通貨においても造幣権を元老院からとりあげ、国立造幣局を作って、金、銀、銅からなる新たな金融システムを作りました。現存する人の横顔を最初にコインに掘らせたのもカエサルでした。政治改革も行いました。これまで元老院主導で決められていた既得権益系の悪法をさらに全て廃止し、自らが終身独裁官になることで事実上の絶対君主制を敷くことにしたのです。そして、これまで11だった属州を18に増やし市民権取得のエリアもさらに拡大し、教師や医師には無条件で市民権を与えました。奴隷解放制度も導入し、市内の治安を守るために警察システムの新設、道路の渋滞をさけるために昼間の荷車の通行を禁止する歩行者天国の採用、清掃局を新設し街の美化と清潔に勤め、貧しいものへの生活保護や失業手当などの社会保障制度の確立とさらなる充実、首都の再開発や大型なインフラ整備による様々な公共工事を指示しました。一体どうやって、これだけの量の仕事を一人の人間やれるのか、気が遠くなるほどの偉業を、大凱旋式から暗殺されるまでの2年間でやってのけるのでした。カエサルが単に孤高の天才として孤立しているわけでなく、その絶大な人気による100%近い驚異的で熱狂的な支持率、市民たちのカエサルに対する追従へのモチベーションの高さ、そして、ローマ全体の一体感とわかりやすいベクトルがあったからこそなし得た歴史的快挙だったのです。そして、この時代にユリウス・カエサル作った社会構造が、お手本となって近代国家の基本構造となったのです。

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